自分を壊そうとする自分がいる
自分をだめにしてしまおうとする自分がいる
悪いほうに味方する自分がいる
でもその奥に絶対に良くしよう、悪くならせないという自分がいる
それはすごく固くて大きな底のようなもの
それは絶対にやぶれないし壊れないおおきな存在
だからこれ以上悪くならない、悪いほうに行きようがない
自分をダメにしよう、悪くしてしまおうというのは
自分が自分の思った通りにならないから、その反動で反発しているのだと思う
人に良く思ってほしい、すごく認められたい自分がいる
それで今まで働いできた、人と付き合ってきた
だから認められないと苦しく、嫉妬したり、悪く言ったりしてきたのだと思う
どんな些細なことでもこうならないといけない、こうでないといけない、こう思わないといけない、こう感じないといけない、こう考えないといけないと自分をコントロールし、さらに強制強要してきた。いや単にそう思い込んでそうならない自分に苦しめられている
真我すらこうならないといけない、こうなるはずだと思い込み自分を苦しめるひとつになっていた
無理に自分は真我そのもの、すばらしい存在だと思おうとしたり、考えたり、物事とむりにつなげたりしていた
立派な人になりたい、人から素晴らしい人に思われたい、その気持ちが強すぎるのかもしれない
その気持ちはあってもいいけど、強すぎると自分を苦しめる
立派なじぶんでなんだろう
素晴らしいじぶんでなんだろう
きっとどんなに地位を得ても、お金持ちになっても、人に尽くしても、良い人ぶってもたどり着かない
知識があって人より仕事ができてもそれではないだろう
あかるく輝き、会った人を元気にして、人と調和ができる人、社会と調和ができる人ではないか
そういう人になりたい
人を良くする、社会を良くするのではない
自分が輝くから、人も社会も結果良くなるのではないか
良くしようとするから苦しくなる
もうすでに素晴らしいのではないか
素晴らしいものにあふれているのではないか
それを発見すればいい
人を批判するのもそれが観えているから
観えないものは批判すらできない
全体が見えているから批判できる
無理に明るくしなくていい、明るく振り回らなくていい、自然でいい、暗くてもいい、かっこよくなくてもいい、立派でなくてもいい、素晴らしくなくていい、人から認められなくてもいい、輝かなくてもいい、健康的でなくてもいい、能力を磨かなくてもいい、おいしくなくていい、きれいでなくていい、スマートでなくていい、良い人でなくていい、センスがなくてもいい、かっこいい言葉をつかわなくていい、美しくなくていい、うまく時間を使わなくていい、効率的でなくていい。全然だめでいい、感動しなくていい、人より優れていなくていい、どうでもいい、とにかく無理しなくていい
自分がそれでいいと思えばいい
人とくらべなくていい
自分が自分であればいい
人が感じたことを自分も感じる必要はない
自分が思っているより大きな自分がいる
絶対に何にも負けない大きな大きなもの
なんだか分からないけど、あるエネルギー パワー
これが真我なのか
絶対に侵せないもの、悪くならないもの
そう思うそれはない
そう思う他人はいない
そう思っているいる自分がいるだけ
本当のその人は認識できない
過去もどこにもない
そう思っている自分がいるだけ
自分の認識もどこにもない
そう思っている自分がいるだけ